ササクレ屋

シロノワール(概念)

コーヒーゼリー

◆昨日も今日も、朝起きてごはん食べてからなんだかえらく眠いし、寝てた。
◆おはようございます?
◆朝起きてごはん食べたという段階で、今日の私けっこう偉いじゃんとか思うのは早計。
◆ああ、何もしたくないんだなと自覚して、許し諦めることが大事です……
◆顔にも身体にも使えますと書いてある安価な日焼け止めの説明を真に受けて本当に顔に塗ると後日えらいことになるということは学習すべき(荒れた)。
◆一応あるんだけどね、顔用というかクリニークの下地が、でもひきこもりゆえあまり使ってなくて入手してからずいぶん経っている(控えめな表現)ので、このままこれを使い続けてていいのかなー今年買って首とか腕に使ってたやつのほうがいいのかなーとか思っちゃって、ってこうやって書いてみるとどっちもマズイんじゃないのっていう感想しかないな。
◆ところで、まともに生きていると普通はあまり意識することはないのかもしれないことですが、よく訓練されたメンヘは自分の脳を騙すための行いについては労を惜しまないじゃない。それが脳を騙すための作業だという自覚はないとしても。
◆まともに普通に生きていたとしても、たぶん脳は常に大なり小なり誤作動と修正をくり返していて、それが誤作動のほうに大きく偏った状態、或いは誤作動する回路が組み上がってしまった状態がメンヘラだといえなくもないと思うの。
◆ほっといても誤作動をするものなら、ウソで騙して都合の良いほうに誤作動させてマイナスをゼロに近づけようとしてもいいと思うの。処方薬にしてもカフェインとかにしても、荒っぽくいえば目指すところは同じことだと思う。
◆何度も違ういいかたをしてきたことで意味するところは同じことなのだけど、たとえば猫を飼って猫を見て幸せを感じることと、ネットで他人の猫の動画を見て幸せを感じることは、程度の差はあるとしても本質的には同じことだと思うんですよね。少なくとも私は現実だけが正しくて偉いとは思わないのね。だから現実のほうを何も変えずに何とかして脳を騙してやろうと日々画策しているところがある。
◆リアルのものは圧倒的に情報量が多いのは確かなので、何事もなるべく現物を肉眼で見ろ、触れろ、実際に体験しろという意見があるのはわかります。でもリアルじゃないと意味がないとまでは私は絶対に思わない、ウソでも本の中の話でもモニタの上のできごとでも、脳は同じことをする。程度の差があるだけで作用としてはきっと同じことをしている。
◆という言い訳を踏まえて、今日も錯覚と騙しのためにゲームなどをしていきたいと思います。どうか今日も誰も私に外に出ろとか言ってきませんように。